1762年に第8代皇帝エカテリーナ2世が即位すると再び領土拡大が活発となった。まず、オーストリア帝国、プロイセン王国とともにポーランド分割を行い、ポーランド東部を獲得した。
また南方では、オスマン帝国領を侵略して黒海沿岸やクリミア半島まで手に入れた(露土戦争)。さらに、サファヴィー朝との国境にあるコーカサス地方にも侵略して併呑した。これが現在まで続くチェチェン紛争の原因となっている。
また、アメリカ独立戦争にも干渉したり、東方ではオホーツク海まで進出し、1792年には函館にラクスマン(Laxman)を派遣して江戸幕府に通商を求めている。
1773年には大規模な農奴の反乱プガチョフの乱が発生するが、徹底的に鎮圧した。この結果、農奴制を強化し、さらにフランス革命がおこるとこれへの対抗から専制政治を厳しくし反動的な政治を行った。