エーゲ文明
エーゲ文明

 エーゲ文明はBC2600年頃からBC1200年頃まで、オリエントの影響を受けてエーゲ海に栄えた青銅器文明である。これらの文明は、トロイを発掘したシュリーマン(ドイツ)やクノッソス宮殿を発掘したエヴァンス(イギリス)たちによって明らかになった。。

トロイア文明
BC2600〜BC1200
小アジア(トルコ)に栄えた文明で、トロイ戦争によってギリシアに滅ぼされた。
クレタ文明
BC2000〜BC1400
クレタ島に栄えた文明で、海上貿易が発達し小アジアやシリアと交易が行なわれた。ゼウスエウロペの子供のミノス王の時が最盛期で、壮大なクノッソス宮殿が建てられた。クレタ文明はミノス王にちなんでミノア文明ともいう。
ミケーネ文明
BC1600〜BC1200
BC2000年にギリシア人(アカイア人)の南下が始まり、ペロポネソス半島のミケーネを中心に、ミケーネ文明が栄えた。エーゲ海に進出し、クレタ文明やトロイア文明を滅ぼした。


クノッソス宮殿 (Knossos)

クレタ文明

 クレタ文明はエジプトやシリアの影響を受け、麦・オリーブなどの農業や羊・やぎの牧畜が行なわれた。BC2000年頃にクノッソス宮殿が建設され、BC1700年頃にはファイストス、マリア、ザクロに大きな宮殿が建てられた。宮殿を中心に都市が発達し、オリエントと違って城壁を持たない平和的な文明だった。文字も使用しており、初期の絵文字から線文字A, Bへと進歩した。これらの文字を使って宮殿の情報を記録した粘土板が見つかっている。

BC1450年頃、クレタ島の北にあるテラ島(サントリーニ島)で大規模な噴火が発生し、地震・津波・火山灰がクレタを襲った。クレタ文明は急速に衰え、その後のギリシア人の侵入により滅んだ。

左の絵は、クノッソス宮殿のフレスコ画:「青の婦人たち」


マリア遺跡(malia:クレタ島)
赤い糸の伝説

 クレタの王位を兄弟と争っていたミノスは、海の神ポセイドンに、「王になったら美しい牡牛を生贄にささげる」と約束した。ところが約束は守られず、怒ったポセイドンは、王の妃パシパエ(Pasiphae)に牡牛を好きになる呪いをかけた。パシパエは牛と交わり、顔が牛、体が人間という化け物ミノタウロス(minotauros)を産んだ。

 ミノタウロスは成長すると乱暴になった。手を焼いたミノスは、一度入ったら二度と出てこれない迷宮(ラビュリントス)をダイダロスに作らせ、そこにミノタウロスを閉じ込めた。そして、アテネから、9年ごとに少年7人と少女7人を生け贄として捧げさせた。

 アテネの王子テセウス(Theseus)は、生け贄の習慣に憤慨し、自らが生贄となって迷宮に入った。その時、ミノスの娘アリアドネ(Ariadne)は、帰り道をたどれるように赤い糸玉を渡した。テセウスは糸をほどきながら奥へ奥へと進んでいった。迷宮の奥でミノタウロスを見つけ、激しい戦いの末に討ち果たした。そして赤い糸をたぐりながら出口に向かい、無事に迷宮から脱出できた。

 テセウスは、アリアドネを連れてクレタ島を脱出した。途中、ナクソス島に立ち寄ったが、アリアドネを置き去りにしてアテネに出帆してしまった。彼女はその島に住んでいたディオニュソスの妻になった。


ミノタウロスを倒すテセウス(美術史美術館 ウィーン)
エーゲ海とイカロスの翼

【エーゲ海】テセウスはアテネ王である父のアイゲウス(Aigeus)に、「無事に怪物を退治したら、白い帆をあげて帰る」と約束してクレタに向かった。しかし、ミノタウロスとの戦いでこの約束を忘れてしまい、黒い帆のままアテネに戻った。沖合いに浮かぶ黒い帆を見たアイゲウスは、息子が死んだと思い込み、悲しみのあまり海に身を投げた。この海がアイゲウスの名にちなみ、エーゲ海と名づけられた。

【イカロスの翼】テセウスはアリアドネを連れてアテネに帰った。娘を連れ去られたミノス王は怒り、迷宮を造った大工のダイダロス(Daidalos)とその息子イカロス( Ikaros)を高い塔に幽閉した。 器用なダイダロスは塔から脱出するために翼を作った。二人はそれを蜜蝋(ミツロウ)で体に取り付け鳥のように飛び立った。「あまり高く飛ばないように」とダイダロスは注意したが、夢中になったイカロスはどんどん高く飛び太陽に近づいて行った。すると蝋が溶けて翼がはがれ、墜落して死んでしまった。

【テセウスのその後】父の後を継いでアテネ王となったテセウスは、女だけの戦士集団アマゾン(Amazon)の女王ヒッポリュテをさらって妻にしたり、トロイ戦争の原因となったスパルタ王女ヘレネを誘拐するなどの乱行を繰り返した。そして、冥界の女王ペルセポネを略奪しようとしたが、その留守中に王位を追われ亡命先のスキューロス島で崖から突き落とされて死んだ。

ミケーネ文明

 

 

 

 

年表に戻る

 ミケーネ文明は南下してきたギリシア人がペロポネソス半島のミケーネを中心に築いた文明である。ミケーネ遺跡はシュリーマンによって発掘され、巨大なライオン門やミケーネ王アガメムノン黄金のマスクが出土した。この文明はBC1400年頃が最盛期でクレタ文明トロイア文明を滅ぼした。

 BC1150年頃、謎の海の民によってミケーネ文明は破壊された。海の民はヒッタイトを滅ぼし、エジプトにも侵入した。その後ドーリア人の侵入によってミケーネ文明は滅んだ。それ以降BC800年頃までの史料は見つからず、ギリシャ史上の暗黒時代と呼ばれている。暗黒時代の後に、ポリスを中心とする古代民主制の時代が到来した。

 ミケーネ文明は遺跡から出土した大量の粘土板によってかなり明らかになっている。粘土板には線文字Bが刻まれていてイギリスのヴェントリス(Ventris)が解読した。右の写真は粘土板に刻まれた線文字Bである。


ミケーネ遺跡 ライオン門
トロイ戦争
(トロイア:Troia)

 海の女神テティス(Thetis)がギリシアの王ペレウスと結婚する。女神と人間の結婚式なので、神々やギリシアの王様たちがやって来て大いに盛り上がる。しかし、一人だけ宴会に呼ばれなかった女神がいた。嫉妬と争いの女神エリス(Eris)。彼女は招待されなかったことに腹を立て、宴会場に黄金のリンゴを投げ込んだ。突然、転がり込んできた黄金のリンゴ、そこには「最も美しい女神へ」と書いてある。

 「そのリンゴは私のもの」と、3人の女神が名乗りを上げた。まずはゼウスの妻ヘラ、女神の中では一番偉い。次がアテナ、知恵と戦いの女神。そして愛と美の女神アフロディテ

 「私が一番美しいわよ」と、もめるが決着がつかない。3人はゼウスに「誰が一番きれい?」って聞くがゼウスも困りはてる。一人を選べば残りの二人に恨まれる。そこでゼウスは美の判定者に決めさせることにした。判定者は羊飼いの少年パリス


トロイの遺跡(トルコ)
開戦

 女神たちはリンゴを手に入れるためパリスに買収工作をする。
  ・ヘラは、「世界の支配者にしてあげる」
  ・アテナは「あらゆる戦いに勝てる力を与えよう」
  ・アフロディテは「世界一の美女をあなたの妻に」
 パリスは、世界の支配や勝利よりも、美女を選んだ(パリスの審判)。

 最も美しい女神はアフロディテに決定、パリスはアフロディテの手引きで世界一の美女を手に入れ、トロイに連れ去った。その美女はスパルタ王メネラオスの妻ヘレネ、パリスは実はトロイの王子だった。

 妻をさらわれたメネラオスは怒り、兄のミケーネ王アガメムノン(Agamemnon)にトロイを攻めるように頼んだ。アガメムノンはギリシア全土に出陣の号令をかけた。ギリシア連合軍がトロイに向けて出帆しようとすると、突然逆風が吹き始めた。これはアガメムノンが「自分はアルテミスより狩りがうまい」と自慢をしたため、アルテミスが激怒したためだった。アガメムノンは彼女の怒りを鎮めるため、娘のイーピゲネイアを生贄に差し出した。妻のクリュタイムネストラは嘆き、アガメムノンを深く恨んだ。

【クリュタイムネストラ】トロイ戦争のきっかけを作ったヘレネの姉で、母はゼウスに愛されたレダである。


パリスの審判(ルーベンス、プラド美術館)
真ん中の女性がアフロディテ、左端がアテナ、右がヘラ。 座っている男が羊飼いのパリスで手に黄金の林檎を持っている。そのうしろが伝令の神ヘルメス
アキレウスとヘクトル

 ギリシア軍には英雄アキレウス(アキレス:Achilleus)がいた。アキレウスは宴会の主役テティスとペレウスの子。テティスは人間である我が子を不死身にしようと、生まれるとすぐに不死の泉に浸けた。その時テティスはアキレウスの足首をつかんでおり、そこだけが泉につからず唯一の弱点となった。これがアキレス腱。

 トロイの総大将は、パリスの兄のヘクトル(Hektor)で、老齢のトロイ王プリアモスに代わって全軍を指揮しギリシア軍を苦しめた。ヘクトルはアキレウスの親友パトロクロスを破った。アキレウスは烈火のごとく怒り、ヘクトルを一騎打ちで倒して、その屍を戦車で引きずりまわして辱めた。その夜プリアモスはアキレウスの陣に行きヘクトルの遺骸を引き取った。ヘクトルはトランプのダイヤのジャックのモデルになっている。

 その後もアキレウスの活躍は続き、トロイの武将を次々と討ち取っていった。ある日、トロイの城門で戦っていたアキレウスを狙ってパリスが矢を放った。矢は彼の唯一の弱点であるアキレス腱を射抜いた。無敵のアキレウスもこれが致命傷となって絶命した。


トロイに運ばれるヘクトルの遺骸(ルーヴル美術館)
木馬の計

 トロイ戦争が始まって10年が過ぎた。両軍とも名だたる英雄達は次々と死んでいった。それでも決着がつかない。そこで、ギリシアの名将オデュッセイウスは木馬の計を考えた。ギリシア軍は撤退するふりをしてトロイの海岸を引き払い、浜辺に大きな木馬を残した。木馬の中にはギリシア兵が隠れている。トロイ軍はその木馬を戦利品として城内に持ち込んだ。

 その夜、勝利の宴会が開かれ、トロイの兵士たちは酔いつぶれた。トロイが寝静まった深夜、木馬に隠れていたギリシア兵が這い出してきて城門を開いた。外で待機していたギリシア軍が一斉に城内に乱入した。

 不滅のトロイは炎上して滅んだ。


トロイの木馬
ラオコン
(Laocoon)

 トロイの神官ラオコーン(Laocoon)は、木馬の計を見破り、木馬の城内搬入に反対した。ギリシアを味方する女神アテナはこれを怒り、ラオコーンの両目を潰した。さらに、2頭の蛇の怪物にラオコーンと子供たちを食べさせた。


ラオコン像
(ヴァチカン博物館 Musei Vaticani)

 トロイの英雄アイネアスは燃えさかる祖国に涙しながら脱出した。そして、多くの苦難を乗り越えてカルタゴからイタリアに渡り、その子孫がローマを建国した。彼は女神アフロディテとトロイの王族アンキセスとの間に産まれた子供。


父アンキセスを背負い脱出するアイネアス
ボルゲーゼ美術館(ローマ)

ホメロス
(Homeros)

 アキレウスの活躍を中心にトロイ戦争を描いた叙事詩がイリアスで、作者はBC8世紀のギリシアの詩人ホメロスである。トロイの首都はイリオス(Ilios、またはイリオン)で、イリアスというのは、イリオスの話という意味。姉妹作オデュッセイアは、ギリシアの知将オデュセイウスがトロイから故郷に戻るまでの20年間の苦難の旅を描いた物語。彼の妻がペネロペ。夫の留守中に手を出す多くの男を拒否し、無事の帰りを待ち続けた。

【カッサンドラ(Kassandra)】 パリスの妹カッサンドラアポロンに愛され、未来を予知する能力を与えられた。そこで自分の未来を予知してみると、愛が冷めて自分を捨てていくアポロンの姿が見えた。彼女はアポロンの愛を拒絶、アポロンは怒り彼女の予言を誰も信じないようにする呪いをかけた。

 カッサンドラは、「木馬はトロイを破滅する」と予知して、城内に入れることに反対した。しかし、誰も信じてくれなかった。トロイが落城すると、彼女はアガメムノンの戦利品として連れ去られた。アガメムノンを恨む妻のクリュタイムネストラは愛人のアイギストスと共謀して凱旋してきたアガメムノンとカッサンドラを殺害した。カッサンドラは不吉、破局といった意味の言葉に使われる。その後、クリュタイムネストラも彼女の娘のエレクトラと息子のオレステスによって殺されてしまう。


ユリシーズとセイレーン(バルドー博物館:チュニジア)

【ユリシーズ(Ulysses)】オデュセイウスの英語読み。
【セイレーン】上半身が女で下半身が鳥の怪物。美しい歌声で船乗りを惑わせ、船を岩に衝突させる。オデュセウス達がその海域にさしかかると、水夫たちの耳に蝋を詰めて歌声を聞こえないようにし、自らは身体をマストに縛り付けて動けないようにして、乗り切った。「サイレン」の語源。

年表に戻る

 

【参考文献】